大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)981号 決定

(一) 抗告人は、岩手県東磐井郡川崎村門崎字萱一五番地一四(以下「川崎村」という)で出生し、同地に居住していたが、昭和三八年ころ、近村の出身者であり、東京都東久留米市幸町二丁目一六番四号(以下「佐藤方」という)で、道路一般土木工事を営む有限会社佐藤組(以下「佐藤組」という)の代表者である佐藤秀紀の勧誘によって、同会社の従業員として稼働するようになった。

(二) 抗告人は、佐藤組では土木、雑用係として働き、佐藤秀紀の居宅敷地内に設けられた従業員宿舎で、他の従業員三名と共に生活し、毎年八月(盆)、正月に各二〇日間程度川崎村に帰るほかは、前記従業員宿舎で生活し、現在に及んでいる。

(三) 川崎村の自宅には妻が居住し、畑を有するが、その全部を賃貸し、農業は営んでいない。

(四) 抗告人は、引続き佐藤方に居住し稼働する意思を有し、昭和五六年七月一五日住民登録を、従前の川崎村から佐藤方に移す手続をした。

以上の事実関係のもとにおいて判断するに、抗告人は、その当初においては、いわゆる出稼ぎとして上京し、佐藤方で生活するようになったが、その後一七、八年間近くにわたって、引続いて同一場所に居住して同一の勤め先で働き、年間を通じて四〇日程度の限られた期間川崎村に帰省するに過ぎないのであるから、このような状況においては、抗告人の生活の本拠は、遅くとも、本件本案の訴えが提起された当時において、抗告人の意思及び客観的事実のいずれにおいても川崎村にはなく、佐藤方にあったものというべきであり、佐藤方を抗告人の住所と認めるのが相当である。住民登録上の住所は、住所を決するにつき、その判断の要素をなすことがあるとしても、もとよりこれによってのみ決せられるものではなく、抗告人の住民登録が本件本案の訴えが提起される直前に至るまで、川崎村としてなされていた事実は、佐藤方を住所と認めることの妨げとなるものではない。

(園部 川上 渡邊)

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